(109)127 「先輩の意地」2
肌に触れる風が熱を奪い、ほんの少しの殺意達を孕みながら、幾つも纏わりつき通り過ぎて行く。
心の裏が蝕まれそうになるのを歯を食いしばり、足の小指のその先に迄ギュッと力を込め耐え忍ぶ。
ぞくり。自ら能力を遮断している身には、まるで脳髄のその中の中まで抉られ覗かれているような
不快感とも永遠の快感とも受け取れる時間が続く。
暫らくして、僅かに温かい空気に包み込まれるのを感じ、そこでようやく瞼を開いた。
立ち眩む程の光量、次いで見えて来たのは荒涼とした一面の砂だった。
「・・・は、あっ・・・」
能力を遮断しただけでこれか―。
いかに普段自らの異能に頼りきっていたかを痛感する。
息を止めていたつもりはまるで無かったが、五感を解放した安堵と共に胸に押し込めた空気を交換する。
心を許した友とは言え、特訓をと依頼したとは言え、精神の中にいとも容易く入り込まれ、
全てを掌握されるという感覚を久し振りに喰らって心の安定が保てなかったようだ。
「ちょっとぉ~、そんな状態で本当に大丈夫?」
「なん、今日は居るんか・・・」
精神世界ではいつもの口癖はその役目を終えていた。素の力で挑むのだから虚勢を張る必要は無い。
辛い、悲しい、寂しい、苦しいと思う時、いつも傍らに友が居る事にただ安堵していた。
まあ相当にリアルな夢を見てるような物だからと互いに笑っていたが、この記憶は実践と等価値だと知っているのだ。
「何も無い事を願うけど、念の為。勿論、ここに居るだけで手助けはしないよ?」
「んー、その約束やし」
不思議と空気はカラリとしていて吹き抜ける風に心地良さを覚えた。
終わりも始まりも分からぬ砂漠。見慣れた景色や人を破壊し合うよりずっと良い。
「はい、じゃあこれ。あと喉渇いたらちゃんと飲んでね。こっちだろうと干からびるから」
なんとまあ不吉な。これを見せているのはガキさんやろうにと突っ込みを入れながら
もう一組のガードグローブを此方でも受け取り、気休めのペットボトルと共に腰のバックパックに捻じ込んだ。
「さて、と。それじゃ、御大をお迎えに行くとしますかね」
ザクッ。ザクッ。右、左、右、左。7倍の重力を背負い歩き続ける。
踏み出す度に飲み込み、隙あらば捉え新たな永劫の住人にしようとする砂の海。
10分も歩いただろうか。外の時間では10秒にも満たなかったかもしれない。
どこから現れるとも知れぬ輩を迎えるのに最適そうな丘の頂きから辺りを見下ろす。
「ふー・・・・・・」
大丈夫、心も身体もざわつかない。今から戦うのは過去だ。飲み込まれるな。
まだ周囲に人影らしきものは見当たらない。
まして見渡しの良い砂漠だ。敵としての彼女を見間違うはずが無い。まさか今回は上から?見上げた途端、
ズブッズズズズズッ……
足元の砂が意思を持ったかのように急速に沈み出した。獲物を捕らえる蟻地獄の様に円錐状に落ち窪んでいく。
「んなっ!?」
とっさに砂を思いっきり蹴り上げ脱出する。次いで受け身を取った身体ごと砂漠の丘を転がり落ちた。
口の中に少し砂が入ってジャリジャリとしている。目に入らなかったのは不幸中の幸いだろう。
折角登ったのになんて思いながら頂上を見ると案の定、薄ら笑いを浮かべた人物が立っている。
間違い無く石黒彩だ。一体いつ、何処からあの攻撃を放ったのか。
「なーんだ、逃げちゃったのかぁ。残念残念。
可愛い後輩の為に一瞬で終わらせてやろうという先輩の温か~い心遣いだってのにねぇ」
しかし抜けられるとはねぇ~等と笑いながら右手に掴んでいた砂をサラサラと振り落とす。
「・・・直接の先輩やった覚えは無いんですけど」
事実だ。情報として先輩だと知っていても、高橋の中で石黒彩は敵、ダークネスの1人としてインプットされている。
不意打ちとは言え無傷だ。子供騙しの様な攻撃に一瞬で終わる、そんな生半可な鍛え方はしていない。
「ははっ言うねぇ~。そうでなくっちゃあ…楽しいなぁ、楽しい方が良いんだよ…戦いはさぁ。
お前もそうなのだろう?リゾナンターの高橋愛、不屈の前リーダー?……いや。『戦闘狂い』よ!」
そう言い放つ刹那、石黒の瞳が冷たく爛々と輝いた。
(つづけ)
投稿日時:2015/11/22(日) 23:55:25.02