(139)90 『朱の誓約、黄金の畔 -bloodstained cocoon-』

夏の暑さに何度も夢を見る。
青い月明かりすら届かない夜の森は、深い海の底のようだった。
雨の止んだ後のような湿気る匂い。

リゾナンターはこれまでの再会の中でこれほどの残酷なものを知らない。

 「まーちゃんが連れて行った!?」
 「誰も見なかったの?小田も?くどぅーも?」
 「ごめんなさい……私が部屋に入った時にはとっくに…」
 「ベッドも冷たかったから多分随分前に出て行っちゃったんじゃないかって」
 「どうしよう譜久村さん、これかなりヤバイんじゃない?」
 「まーちゃんが行きたい場所なんてたくさんあり過ぎるし…」
 「とにかくここに居ても仕方がないよ、とりあえず情報屋さんに電話するね」
 「佐藤さん、大丈夫かな…」
 「大丈夫だよ、あの子はしぶといし根性あるから」

誰もが心配していたが、信じていた。
彼女が無事帰ってくる事を。だが、それだけでは何の進展もない事に気付いている。
無情にも時間は過ぎていく事に歯痒さを覚えた。

カランコロン。
店内に響く音に反射的に振り返る。
『close』と書かれたプレートを掛けた筈なので常連客の入店は有り得ない。
宅配は裏口から対応を求めるようにお願いしている。
初めての入店で勝手が分からない一見さん。その判断で声を掛けた。

 「すみません、今日は臨時休業で……」

聖の代わりに飯窪春菜が対応しようとすると、言葉が詰まる。
それに気づいた石田、工藤、小田と視線を向けていく。

 「か、かえでぃー?」

言葉にしたのは牧野真莉愛だった。
扉から顔を出したのは彼女が一番見知ったもので
何故ここに居るのか本物なのか頭が理解するのに十秒かかった。

 「かえでぃー!どうしてここに!?」
 「久しぶりだねまりあ」
 「え、ええ?本当に?本当に?本物?」
 「本物だよ、もう顔すら忘れちゃった?」
 「そんな事ないよ!忘れてないよまりあは!」

興奮して矢継ぎ早に喋り出す真莉愛に冷静に対処し、女は視線を先に向けた。

 「お久しぶりです。加賀楓です」
 「どうして君がここに?あの事件で家に帰った筈じゃ…」
 「…正直私にも今どんな状況に追い込まれてるのか分からないんです。
  でも私がここに来た理由は、あります。夢を見るんです」
 「夢?」
 「はい、皆さんと、そして鞘師さんの夢を」

喉を鳴らす音がどこからか響く。
二年前に真莉愛を含む六人の異能者の実験被験体となった少女達を
救出した『トレイニー計画』の一人。
半年後に同じく計画の被験体だった羽賀朱音を救出した事も記憶に
新しいが、二人を引き取ったのは”血縁者不明”が一番の理由だった。

楓の場合は身内の人間が見つかった事で預けたのだが、その彼女が
再びこの店に現れた事とその言動に周囲の空気は鋭さを増していく。


 「なんだか、穏やかな再会って訳じゃないみたいだね」
 「加賀、ちゃん、君が見る夢ってどんなの?」
 「……鞘師さんが、”人を殺す夢”」

楓の強い言葉に張り詰める。
電話を終えた聖が戻ろうとして足を止めた。
目の前に居たのは自身が見た夢の中に居た少女の一人だったからだ。

 「鞘師さんはどこに?」
 「鞘師さんは……居なくなっちゃったの。もう、ここには居ないよ」

真莉愛の言葉に明らかに悲しさを帯びる表情を浮かべた。
だが吹っ切るように顔を上げる。

 「何があったか話してくれませんか?
 どうにも私には、自分が無関係だとは思えないんです」
 「巻き込まれる事になるんだよ?せっかく普通の生活に
  戻れたのにまた……もしかしたらもう二度とも戻れないかもしれない」

石田亜祐美の言葉に、楓はひたすら前を向いていた。

 「……この二年間、私に平穏な時間なんてありませんでした」
 「え?」
 「能力者にとってどんな状況でも状態でも、平穏なんて有り得ない。
  私を引き取ってくれた人達ですら未だに私を受け入れてませんしね」

陰りを見せる表情に同情したのも事実だった。
追い込まれてしまった異能者が集う、リゾナンターの根底にも確かにある現実。
追い返すように帰路を促したところで、彼女の不安は拭えない。


 「分かった。話すよ」
 「譜久村さん」
 「でも聞いたらもう、引き返せないよ」
 「覚悟の上です」

楓の目に、聖は口を開く。闇の中を彼女は静かに見つめていた。
何の憂いも見せない、冷淡な無表情のままに。

再会する事は喜びを招く事もあるが、悲しみを招く事もある。
鞘師里保が殺戮を犯した、などという虚言を信じる者は居ない。
居ないと思っていた。

信じる者が居れば信じない者も居るのは当然の事で、そういった者は
大抵の確率で敵となって立ち塞がってくる。
取るに足らない存在であれば力でねじ伏せる事も出来るのだろうが
それが自分にとって無関係でなければ、これほど厄介なものはない。



 半年前、現在封鎖されている都内第三区。


路上で、店の前で、社内で、窓の向こうで。
無表情な殺戮者達の、静かな虐殺が行われた。
青白い顔と肌の人間達が蠢き、区民に牙を爪を立てていく。

眉一つ動かさずに、数人が男の腹部に爪を立てる。
指先が腎臓を引き出し、腸詰のような小腸が夜気に湯気を立てた。
一人が女の上顎に手をかけ、もう一人が下顎に手をかけて
剛力で引き裂いていく。見知った顔だとは思いたくない。


リゾナンターの面々が口を開けたまま硬直している。
一歩を踏み出したのは耐え切れなかった工藤遥と石田亜祐美。

 「リイイイイイオオオオオオオオン」
 「ウオオオオオオオオオオオオォォン」

もはや慟哭の叫びで亜祐美が『幻想の獣』を発動。
同時に遥が『変身』を発動し、体毛が全身を覆い隠し牙をむく。
切断された人間の上半身と下半身がそれぞれ別方向に千切れ飛ぶ。

だが上半身だけは動きを止めない。
自らの下半身を捜すように手で地を這う。
両断された他の個体も上半身だけで動いていた。
青白い人間達の正体が分かると吐き気に苛まれる。

 「あの時と同じだ。田中さんの事件、『ステーシー事件』と…!」

春菜がパニックに陥り戦意を消失するのを鈴木香音が支える。
その言葉の真意に小田さくらは最悪の事態を予期した。

 「まるでゾンビみたいに増え続けてます。鈴木さんこれって」
 「ゾンビリバーだよ小田ちゃん。まさかあの悪夢がまた
  再来したのかと思うと私も意識失いたくなるよ…」

香音は諦めを帯びながら、それでも歯を食いしばって光景を見つめる。
『死霊魔術』によって死にたての死体を操作したあの事件でその
犯人は既に死亡している。死体も確認した。


だが今、その光景が広がっている。
『死霊魔術』が途絶えたならば『精神支配』を疑うべきなのだろう。

だが、その死体を誰が生成したのか。

 「終わらせてあげよう。私達があの人達の終わりになってあげよう」

意志が宿らない魯鈍な目が一斉にリゾナンターへ向けられる。
感情を持たない冷血動物、魚類の目。
その中に唯一つだけ、意志を持つ瞳があった。
血のように燃えるような圧力を込めた両眼。

 「里保ちゃん、私達は信じてるから。どうして里保ちゃんが
  そこに立っているのか理由を聞きたいけど、信じてるよ」

異能が吹き荒れる。死者はそれでも前進してきた。
圧倒的な数を抑えきれない。上半身、もしくは右や左半身となっても
死者は死に生きていた。

 「里保―!!!!」

生田衣梨奈が叫んだ。
死体を生成したのが里保ならば、黒幕は誰なのか。
何故彼女は何も話さないのか。気に喰わなかった。

『精神崩壊』を込めた拳を『水限定念動力』で構築された刃の表面に激突。
振動に耐え切れずに刃が水へ戻るが、突進は終わらない。
敵の狙いは里保か、リゾナンターか。
顎を掠める拳に横顔からギロリと視線を向ける。
左手に構築された水の刃が衣梨奈の横腹を食い破った。
追撃は、ない。
力を振り絞って首根っこを掴み、衣梨奈は里保の額に頭突きを喰らわす。


 「泣くと?里保。こんな事しでかして泣くと?ズルいやろそんなん」

衣梨奈を貫いた水の刃ごと引き剥がし、地面に叩きつける。
逃走を開始する鞘師の背中に遥と亜祐美が追うが動けない。
『精神支配』の黒幕が近くに居るのが分かっているのに何も出来ない。

 「鞘師さん、さやしさーん!!」

遥の叫びが響く。いつの間にか辺りは静寂に包まれていた。
さくらと共に野中美希が、尾形春水が死者の目を閉じさせる。

息の途絶えた女の子、男の子、赤子を撫でていく手にはもう
誰ものか分からない血液が何度も刷り込まれていく。
瞼の無い眼がこちらを見ている、心を貫く。
何度も、何度も、その度に涙の斑点が彼女達に降り注がれる。

死んでも生きてしまった彼らを認めるしかない。
道重さゆみの代から守ってきた不殺の掟を、ついに破ってしまった事を。

 「死んだ人達は物語のための障害物じゃないの。
  生きて笑って泣いていた人間、それを忘れないであげて」

例え誰かの人生を狂わせてしまったとしても、最終ラインだけは
その人が決めるものだと、その為の掟だと。
だがそれさえも奪ってしまう事があるならば獣になるしかない。

本当の獣に。バケモノになるしかない。


第三区の虐殺事件による犠牲者は四十二名。
ダークネスによる日本壊滅から新暦の中で史上最悪の事件となった。

 「香音ちゃんの潔い所は嫌いじゃないけん。
  里保があんなにいい加減なヤツとは思わんかったとよ」
 「…えりぽんはあれが本当に里保ちゃんだと思ってる?」
 「聖はそう思ってやったらええやん。えりは本人が何か
  言わん限りは何も言えん。だからいつか絶対言わせる。
  それが、全力で潰すことになっても」

香音との別れに落ち込む暇はなかった。
むしろそれを希望として「笑顔の連鎖」を絶やさない様に務めた。
リゾナンターである為の、人間としてある為の。
それが香音の願いでもあったのを誰もが覚えている。

  ―――おまえは夥しい夢の体を血で染めて
月明かりと星屑にただ手を掲げては涙を流すのでしょう
  花の庭は無為も無常も消え去り、赤眼の御使いは
  獰猛さを競う事を忘れて永遠の繭へと眠るでしょう



酷く暑い日だった。夢の中で何度も、何度も揺れ起こされる。
何処かも分からない、名前も知らない夢中の光景には
リゾナンターの面々と見知らぬ少年少女が集っていた。


 「まーちゃんは頑張り屋さんなんだよ。
  田中さんの時も道重さんの時もあの子は頑張ろうとしてた。
  今回もきっとそう、頑張りたかったんだと思う」
 「私の中で泣いてるんです。お姉さま、お姉さまって。
  まるで妹が泣いてるみたいで胸が疼くんです。
  ……まるで、本当に助けを求めてるかのようで、リアルだった」

楓の夢と聖の夢は差異はあるが、存在する世界は同じだった。
佐藤優樹が失踪した理由にももしかしたら、と思うぐらいに。

 「でももうあれが夢だとは思えないね……。
  そろいもそろってあの夢を見てるなんて思わなかったから」

譜久村聖、生田衣梨奈、飯窪春菜、石田亜佑美。
工藤遥、小田さくら、尾形春水、野中美希、牧野真莉愛、羽賀朱音。
そして加賀楓。きっと佐藤優樹も。

全員が其処に居たのも偶然ではない。
全員が夢を見ていたから、其処に居たのだ。

 「何か気付いた事はあった?」
 「……ハル、分かったかもしれません、まーちゃんが居る場所」
 「え、ホントに?」
 「でも自信はないよ、もしかしたらって思うだけ」
 「どんな事でもいいから言ってみなさいよ」
 「…まーちゃんがあの子を見つけた場所」

 鞘師さんを ”リリー”を見つけたあの庭園に似ている
 だってあの人を最初に見つけたのは まーちゃんだから


―――第三区には黒い歴史がある。
あの場所にはダークネスの本拠地があった所という事実。
区民は全て、組織に関わってきた者を血縁に持っていた。

その建造物は、湖から建物の群れが生えているようだった。
周囲から通された高架道路が橋の代わりになっている。
入り口には塔が無残に倒壊していた。

横倒しになった巨大な筒の内部には、赤錆を浮かべた機械が覗く。
おそらくかつてはこの塔から大規模な光学迷彩が発生し、塔の
存在を隠していたのだろう。

誰が作ったかは分からない。
拠点があった事実もあり、ダークネスの遺物として考える者も少なくはない。
立ち並ぶビルは炎に舐められたような焦げ跡が目立つ。
ほぼ全ての窓ガラスが割れ、内部の幾百幾千もの闇を晒していた。

崖に隣接したビルの屋上に滝が落ち込んでいて、道路へと小さな
支流を散らしていた。
アスファルトには点々と穴が穿たれ、雑草が伸びている。
路上には黒い骨格だけになった車が点々と打ち捨てられていた。
こういう雰囲気の施設をどこかで見た事がある。

 「ちぇるが居た養成所もこんな感じだったね」
 「……そうですね」


さくらの言葉に美希が無表情になる。虚ろになる目。
頭を優しく撫でる事で彼女が静かに微笑んだ。
清潔な墓地にも似た雰囲気が辺りを包んでいる。

 「思えばどうして佐藤さんはこんな所に来たんでしょう。
  こんなに寂しい場所を好き好んできたとは思えないんですが」
 「……何かあったんだよ。そうじゃないとあの子の説明もつかない」

 鞘師さんによく似た、鞘師さんじゃないあの子が居る理由

枯れた木々と雑草に覆われ、荒廃した庭園の敷地内。
聖の瞳は灰色の建物を真っ直ぐに凝視していた。
元は白塗りの塔だったが、火事の煤で汚れ、塗料が剥落していた。

塔の一角に、研究所とも病院とも取れるような不愛想な建造物があった。

 「入ってみよう」

玄関の大扉が大きく歪み、錠前も全て壊されていた。
膂力のみで扉を押し開き、隙間から入っていく。
床には乱雑に器具や書類が散乱し、全てが焼け焦げていた。
当時の猛火の幻臭すら漂ってきそうだ。


炎の跡も生々しい廊下を抜けていくと、壁の片側の一面に
ガラス窓があった。弾痕が残る窓以外は全て割れている。
暗闇の中に拘束具のついた手術台が設置されていた。

 「お化け屋敷だねホントに」
 「気持ち悪い……」
 「無理な子は外で待ってて。くどぅー顔色悪いよ」
 「出てこないお化け屋敷なら大丈夫です…」

廊下を進むと、いくつもの扉が破壊され、大穴が穿たれている
壁まである中で、終点の扉は四方から閉じられる隔壁という厳重さだった。

 「譜久村さん、まーちゃんの声が聞こえる」

遥の言葉に、その場に居る全員が固唾を飲んだ。
彼女の意志に押されるように、亜祐美の『幻想の獣』が発動する。

 「バアアアアルク!!!!」

板金鎧型の巨人がその膂力によって扉の表面に一撃を喰らわす。
緋色の火花が疾走し、向こう側の闇へと落下する重々しい音が鳴り響いた。
闇に沈んだ実験室は広大だった。
室内には生臭さと埃が充満している。

 「私、ここ、知ってる」
 「私も、知ってる気がする」

さくらと亜祐美の言葉が響く。
そこは絶対入ってはいけないと言われていた、ような気がする。


 不思議だ。建物に入ってからというもの、記憶が曖昧になるのだ。
 まるで夢に意識が喰われたように。

花の香りがした。
僅かに混じる血の匂いに、光明が静かに灯る方向へと視線を向ける。

 「まーちゃん!!!!!!!!!!!」

遥の絶叫。続いて春菜、亜祐美が駆け寄る。
刃を振り上げる佐藤優樹が何をしようとしているかは明らかだった。
血だまりの中に沈む”リリー”は泣いていた。
溢れだす血液的にも数十か所にも及ぶ傷口は全て致命傷。
即死にならないのが不思議なぐらい夥しい血液が床を濡らす。

それなのにリリーは泣いている。人間の様に泣いている。
鞘師里保の顔を持ったリリーが泣いている。
死にきれずに泣いているのか、痛みで泣いているのかは分からない。

ただ一つの真実として、リリーは死ねない。
優樹は虚ろな目で静かにリリーを殺すために刃を振り抜く。
人形のように、頬に飛び散る血が涙となって溢れて落ちた。
彼女が意識を失うまで何度も、何度も。

―――死者を操るものが死者であってはならない、という法則は無い。
蘇生するチカラはいくらでも存在する。
居なくなった人間を捜すチカラはいくらでも存在する。

けれど。それでも。
人間は手に入れたいものを必ず手に入れるチカラを持っていない。
幸せの大団円なんてものを期待していた訳じゃない。
ただ少しでも希望を、救いを残すことが出来たならそれで良かった。

それでもやはり、現実は、世界は、許さなかった。彼女を。

 「丹念に、入念に、肉体的に、精神的に外傷を作れば作るほど。
  その傷は膿となってその人間に悪害を及ぼす。
  リリーの心は、魂は限界の限界を超えてしまった。
  『精神支配』を実験で無理やり開花されてしまった事と
  支配する範囲、数の生成によって精神を崩壊させてしまった。
  どんな手当をしても、どんなチカラをもってしても彼女は救えない。
  もう彼女にはここに居る理由さえもなくなってしまったんだ」

佐藤優樹とリリーの間で何があったのか誰にも分からない。
衰弱するリリーに部屋に閉じこもってしまった優樹に尋問する事すら
出来るほど残酷にもなれなかった。
真相は闇に消え、進むべき道も失ってしまった。

 「どうして僕が黒幕だと?」
 「人が心を直すために必要なのは、療養。
  譜久村さん達とも面識があったみたいですね、通院記録もありました。
  睡眠不足に過度なストレスによる疲労。
  どんな薬を処方してたのか分からないぐらいめちゃくちゃな調合を
  してたみたいじゃないですか。例えば、血液、とか」

白衣の男の首には彼の名前と心理療法士の資格を示すネームホルダーが下がっている。
どこにも特徴のない平坦な顔。凡庸な雰囲気の男だった。


 「血液とは魂の通貨。意志の銀盤。血を吸う事、血を与える事というのは
  意識や記憶を共有するのと同じ事とは考えられないだろうか。
  支配とは恋愛感情に近い。愛に満ちた世界は理想郷だろう?」
 「だから適応した子達の記憶を使って実験したと?」
 「シナリオはずっと前から存在してたものを利用したんだ。
  僕はダークネスの研究室にも出入りしていた事もあってね。
  永遠を探求するのは人間の本能だ。物語に縋っていると思われても
  仕方がないのかもしれない、臆病者の汚名も喜んで受けよう」
 「そんなもののために何人も殺したっていうの?」
 「ただの永遠じゃない、永遠の愛の夢だ。これしか人間が救える道はないんだ。
  皆で同じ夢を見れば、同じ道を共有できれば。
  それでこそ真の平和を得られるだろうと僕は信じている」

リリーが亡くなった後、裏ルートである異能者専門の闇医者に
死体解剖を要求した。結果、彼女は鞘師里保ではなかった。
異能力自体が矛盾していた事と、その存在の身体的調査をすると
人間の肉体とは到底有り得ない、”植物”の細胞が検出された。
人工皮膚を覆った植物人間。

その事実を含めた心理治療を優樹に後日行った。
優樹は静かに謝罪の言葉を口にしただけで、真実は硬く閉ざしたままだった。

 「まさかリゾナンターに二度も阻まれるとは思ってなかったけどね」
 「もう一つ、何であの女の子を鞘師さんに似せた?」
 「鞘師…?ああ、あの小娘か。
 “別の僕”だった研究員が不老不死まであと一歩の所で食い止められた。
 その時手に入れた血液で作ったのさ、失敗作もあったがね。
 丈夫な上にチカラの発現率も申し分ない。
 リリーは惜しかったが、あれが衰弱する様はとても爽快だったし良しとしよう。
 あれぐらいで計画を邪魔させたと思ってるなんて馬鹿なヤツだよ。
 一人を片付けた所で”僕”の代えはいくらでも居る。この僕のようにね。
 死ねば精神はまた別の”僕”へ移される、研究は無事に継続される。
 ははは、真実の永遠の愛を手に入れる日は近いぞ」
 「もういい、もう、お前は喋るな」


永遠の楽園は予定調和の牢獄に過ぎない。
自身が作った人格と物語は予想を越えず、自尊心の充足も肉の快楽も
どこまでも設定した通りものでしか成り得ない。
『LILIUM計画』と銘打った紙の上にしか存在し得ない。
妄想はどこまでも妄想であり、人間は人間でしかない。
異能者が異能者でしかない様に。

 「何故だ、何故殺さない」
 「本当の永遠が欲しいならくれてやろうと思ってね。
  ただし、殺人者は牢獄に、それが人間の法だもの」
 「お前は一体…!ひぁ」
 「永遠の孤独の中で泣き叫ぶ事がどんなものか思い知ればいい」

【扉】が口を開ける。
背後に現れた闇から伸びた物体が、白衣の男の顎を掴む。
それは、青白い肌をした人間の五指だった。
男が悲鳴を上げようとすると、背後の闇から次々と青白い腕が伸びて
肩や腕など上半身の各所を掴み、そして一気に引きずり込んでいった。

 「ぎゅあああああああああああああああああ」

闇から迸る黒々とした血液が浮遊して、再び【扉】に吸い込まれる。
無間地獄が咀嚼し、嚥下する音が聞こえ、また悲鳴。
甘い匂いを掻き消すような強い血臭が包み、【扉】は鎖で閉ざされた。
背後から静かに佇むバケモノは、その拷問を微笑んで見守っていた。

 「七つの地獄の苦しみを合計したものの千倍の苦しみを味わる無間地獄。
  お前のチカラはいらない。千年の孤独を、絶望を噛みしめろ」


楓と再会の約束を交わして一年が経った。
長いはずの月日をこれほど短く感じた事がないぐらいにあっという間の一年。
自身が成長したのか劣化したのか、その変化すらも分からないぐらいに。

時間が重い足を進ませ、リゾナンターは今も日々を戦い、生きている。

 「じゃあえりぽん、お店任せたからね」
 「はいはーい。って言っても聖だけでホントに大丈夫と?」
 「大丈夫。これ返すだけだから」
 「その大金払うぐらいの依頼ってめちゃ危ない感じせん?」
 「何かあったらちゃんと連絡する。情報屋さんにもこれから
  こういう仕事は受けないってちゃんと釘刺さなきゃだよホントにもう」
 「ま、気を付けて」
 「うん、行ってきます」

たとえ恨んで憎んで、心臓を刺し貫いたとしても。
毎夜の悪夢に亡霊となって出てきてくれても構わない。
そこでなら永遠の痛みと共に愛し、再会する事が出来るだろう。

 逃れようのない輪廻の運命の中で。 


更新日時:2017/01/13(金) 16:50:09.81

作者コメント

調べると加賀さんも鞘師さんに憧れてオーディションを受けた子なんですね。
影響力の高さを感じます。

よく分からない所はいつか行われるチャットなどで聞いてください。お答えします。







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